京都、本願寺伝導院に行ってみた。街並みがいい。

京都駅ちかくの 西本願寺と東本願寺に挟まれた感じの小道があって  その途中にあります。<h7>寺と寺の間の小道</h7>ですから 仏壇仏具店が多く  伝導院から西本願寺を見る街並みが非常に風情がある。京都っていっても  あまり行かない場所なので初めてぐらいでしたが、いい街並みです。

awomb 西木屋町 ”アウーム”っていう木屋町の手巻き寿司店です。

<h7>”アウーム”</h7>は何店舗かあるみたいですが、木屋町店は 木屋町のはずれ のほうで にぎやかなあたりではなく、結構ひっそりとしたところにあって、 手巻き寿司ということ<h7>ネタがプレートに乗って出てくる</h7>のですが その並び方がきれいで  女子人気のようなお店ですから 立地もこんな感じでいいんじゃ

大阪市都島区にあるトヨクニハウスに行ってみた。

<h7>大阪市都島区にあるトヨクニハウス</h7>、 昭和初期にできたレトロチックなアパートにあります。 具体的には<h7>昭和17年</h7>らしいです。戦前、昭和初期の鉄筋コンクリートの集合住宅、あまり 残存していない貴重な一品らしいです。戦争にも勝って きためずらしい代物です。

難波神社 ”氷室祭”の催し物 太鼓がすごい!!

この”氷室祭”は、7月20日21日に行われてて <h7>仁徳天皇</h7>の御代のある夏、 御兄君が大和のつげで狩りの途中、野原に氷を貯蔵する氷室を見付け、 その氷を天皇に献上したところ大層お慶びになり、以降この<h7>氷室の技術</h7> を広められたとの故事によるそうです。

バスで”サレジオ教会”に行ってきた。

この教会は、碑文谷というところにあって 本当は、カトリック 碑文谷教会というらしいですが <h7>「江戸のサンタ・マリア聖堂」</h7> として1954年にサレジオ会によって建立され サレジオ教会として 親しまれてきたそうです。

東京 岩崎弥太郎邸に行ってみました。でっかい豪邸です。

弥太郎は、坂本竜馬の海援隊に始まる<h7>土佐藩の商会</h7>を買い取って  その後の商売、特に海運系 船で荷を運ぶようなものを主体に商売 を広げた。まさに龍馬の海援隊である。また、<h7>国家のデノミ</h7>によって 巨万の富を得た。その富で商売をいろんな分野に手を広げ財閥となった。

東京 小笠原邸で食事。

5月中旬に東京の”小笠原伯爵邸”で食事を・・・。非常に美味しかった。 建物も素晴らしかったです。 旧小倉藩主の小笠原伯爵のご自宅ですか・・・。<h7>スパニッシュ様式</h7>の鉄筋 コンクリート 2階建てです。

ミライザ大阪城に行ってみた。

”ミライザ”は大阪城の 右横でいいのかな~ 右に位置しています が、なんだか古い建築物って感じがしますが・・。 中には レストランやお土産物屋さんがはいっていますが、昔は 大阪城の前に<h7>お好みやらたこ焼き、飲み物といった屋台的なもの</h7>が

大阪 池田にある”池田銀行” 近代ビルです。

戦前、戦後はやっぱり 銀行主体で世の中が動いては いたのでしょうが、バブル崩壊後に時代は変わりつつあるので、 今や銀行のお金を集め、貸付でその鞘を取る的な 銀行本来の商売が なかなか難しくなりつつある今は、 やっぱ統合・併合して もっと、銀行を減らしていく 方向にあるみたいで 銀行にとっては大変な時代では

紀州街道 岸和田 ”吉田松陰逗留地”も情緒があっていい。

このころの話で興味深いのは、まっ 本当か嘘かはわからないが  伊藤博文が新政府の総理大臣になるが、この伊藤が明治天皇の<h7>替え玉</h7> を仕組んだ話があるが、王政復古を機に新政府を作り  今後の日本を 新しい日本を作るためには、天皇までを動かす 必要があったそうで このころの各藩の勤皇の志士たちの 

岸和田 紀州街道にある”旧岸和田貯蓄銀行””旧和泉銀行” 多いね銀行の建物

でも、この通りはやっぱ、さわれないので 一時の道路がたくさん 整備された時期に やっぱ阪和道とかといった道路整備で  ちょっと上にメインの車道を作ったて感じです。海岸線には高速もあって  この街への<h7>アクセスも結構 簡単</h7>です。できれば、関空からの 観光客が増えればといった狙いが