紀州街道 岸和田 ”吉田松陰逗留地”も情緒があっていい。岸和田藩校講習館の館長だった。
どうも、吉田松陰は岸和田藩校講習館の館長だったそうだ。相馬九方をたずね、塩屋平衛門宅(紀州街道、本町の久住家)に10日間滞在。火鉢にあたり番茶をすすり、煎餅をかじりつつ、日本の将来について夜を徹して語り明かしたそうだ。
休日の行く先の参考に!どうでしょう。
どうも、吉田松陰は岸和田藩校講習館の館長だったそうだ。相馬九方をたずね、塩屋平衛門宅(紀州街道、本町の久住家)に10日間滞在。火鉢にあたり番茶をすすり、煎餅をかじりつつ、日本の将来について夜を徹して語り明かしたそうだ。
しかし、銀行が多いですね。岸和田は相当栄えていたんでしょう。この紀州街道は どうやら大阪中央区の高麗橋から、和歌山に抜けるメイン通りだったんでしょう。東海道と同じような主要道路で、この界隈には”はたご”、旅館的なものの跡がたくさん立ち並んでいる。
岸和田城を下っていくと 紀州街道がある。このあたりも結構、見どころが多い。特に旧銀行の建物 今は他の銀行だったり役所だったりしますが、また、レストランとかだったりしますが・・・。どのビルもやっぱ お金かかってます的な また、レトロ感が最高の建物ばかりで 大阪市内のもたくさん残ってますが、やっぱ、この岸和田界隈にもおおいはず。
これも 渡辺節の設計で そのほか この坂を下っていくと紀州街道があって そのへんのレトロビルも渡辺作のものがあった。この時代の渡辺節はすごい 大阪の高級といわれるビル その他、神戸の高級住宅等 作品が非常に多い。
このへんの天保山、海遊館ができたころにこの地下トンネルができて 南港、北港の近代化っていうか?いろんな娯楽施設や、南港にいたっては、たくさんの住宅マンションができて 待ち状態になっていますが、まだまだ発展中です。そのトンネルの際ぐらいに このレトロビルはあります。